写真の中でシルエットによる表現はとても重要な役割を果たします。光に照らされてこそ物の表面は写真に写るのですが、人間の知覚は影による形であっても対象を〝人〟と認知できます。平面で再現される写真の世界ではむしろその傾向が強く、画面上で同じ大きさであればむしろシルエットのほうが印象が強まるようです。身体と顔の向きや仕草、複数の人物同士の関係性などもシルエットから想像できる人間の認識能力を信じて、臨機応変(りんきおうへん)にシルエット力を作品づくりに駆使(くし)してみましょう。総合写真展 審査員板見 浩史先生

強い直線や曲線の中に人物を配する

清水守さんの作品
「12:24」
無機質な空間でSF世界を演出
不思議な場所で光る階段のラインが美しいですね。その効果と人物の動きで視線を上へ上へと誘います。普通に光の当たる場所での撮影であればこれほどの魅力は生じなかったでしょう。何かに導かれて〝ある場所〟へ登ってゆく人々…というSF的でクールな面白さに満ちた世界を創り出した作者のセンスに感心します。人物の配列や各人の仕草の瞬間など、さまざまなことが想像されて飽きさせません。
大木洋子さんの作品
「豊かに穣れ」
心地よい曲線を活かした農村の情景
田植え直後の苗の様子を見回る水田の暮景を美しく描写しています。人物がシルエットになる理由はもちろん、夕陽に染まる水面に露出を合わせ金色に再現するため。300㎜の超望遠レンズを使い、絞り値F11で画面全体にシャープなピントを与えたので、人物の仕草もはっきり分かり、周囲に広がる波紋もその動きを的確に伝えてくれます。必然的なシルエット描写ながら、プラス補正で同じ状況を撮影されたものとの違いを想像してみれば、結果は歴然とするはずですね。

周囲の情景を活かすシルエット描写

渥美滋さんの作品
「湖霧」
霧の描写か人物かの選択
この作品ではタイトルにもあるように霧という気象を重要なモチーフとしているため、この場合は人物への露出をあえて犠牲にしても止む無しという判断だったのでしょう。結果的に上部の霧のグラデーションがしっかり描写されていることで、湖の神秘的な環境や静謐(せいひつ)さがいっそうよく発揮されていると思います。人物の衣服の色がシルエットで省略されモノトーンとなったことも内容からいって正解だったようです。
西本清照さんの作品
「赤ちゃんも参拝」
鳥居と夕映えで夫婦の祈りを表現
奈良の檜原(ひばら)神社で撮影された作品。独特の鳥居越しに望む二上山が夕日でシルエットに浮かび、HDR使用の効果もあるのでしょうか、絵のように美しく再現されています。人物はほぼシルエットに描写され若い夫婦の間にはベビーカーが見えて、タイトルどおりの状況を表現しています。鳥居周辺や夫婦の周囲の森はもう夕闇が迫っていますが、参道と遠い空は明るく描写され、まるで夫婦と赤ちゃんの明るい未来を象徴しているように思えます。*HDR=High Dynamic Renge(ハイダイナミックレンジ)の略。
通常に比べてより広い明るさの幅を表現できるアプリまたはカメラの機能。

シルエットの背景や周囲を活かす表現

薄網弘久さんの作品
「旅する日を…」
月というロマンチックな背景を活かす
近年、デジタル化進歩の恩恵で天体写真を撮る方が増加し、このような作品も増えてきました。むかし観た、月を背景に飛ぶETの映画のように、人間の旅心を乗せて飛ぶ旅客機のシルエットと月との組み合わせは最高にロマンチックな題材ですね。広い夜空の下400mm超望遠レンズを構え、旅客機が月を横切る瞬間をひたすら待ち続ける…そんな努力が実った一枚。お見事です。
渡辺睦男さんの作品
「温もり」
透過光で見せる可愛いシルエット
黄葉した柿の葉でしょうか。透過光(とうかこう)美しく輝いたその裏にカマキリが潜んでいます。弱まってゆく秋の日射しの中で残り少ない命を温めているようにも思えます。黒い背景に切り抜かれた小さな葉っぱの中だけがカマキリに残された世界のように見える視覚的演出が洒落(しゃれ)ています。精密なクローズアップで描写された葉の形も虫食いの跡も味わい深く、穴の中からちょっとだけカマキリの〝生足〟が覗いているところもご愛敬(あいきょう)ですね。

シルエットで人物の情感を表現する

内貴隆仁さんの作品
「愛シルエット」
抑制の利いた愛情表現の手法
シルエット表現であってもここまで接近して撮れるのはモデルと撮影者が親しいからでしょう。カップルの過度な愛情表現については日本ではあまり歓迎されない傾向がありますが、この作品ならほとんどの人が受け容れると思います。無駄な要素が省かれていて、愛情そのものが美しく抽出した映像といっても過言ではありません。風を感じさせるちょっとした髪の乱れにさえ二人の息づかいが伝わってくるようなリアリティがあります。これが仮に逆光でなく順光だったと想像したら〝シルエット力〟の効果がお分かりになりますね。
伊藤将希さんの作品
「特等席」
工場夜景と人物の組み合わせ
こちらは完全シルエットではありません。背景の工場夜景を大きなモチーフとしての撮影だけに、もちろんストロボなどは使用せず、露出補正も利かせすぎることなく抑えて雰囲気描写を最優先させた作品です。背景の明るい光によってモデルの輪郭(りんかく)が縁取られ存在感を強めているので、インパクトのある背景に負けずバランスが取れています。車のライトも臨場感を高めていますね。半シルエットにすることで、女性の内面までも(うかが)わせるような、お洒落(しゃれ)で抑制の利いたポートレートに仕上がっています。

掲載した作品は、第26回総合写真展の入賞作品から、解説上の参考例として板見浩史先生に任意で選出していただいたものです。
作者の皆様には、この場を通じて厚く御礼申し上げます。