またまた聞きなれない言葉を使って恐縮です。意外力?…平たく言えば〝なんじゃこりゃ!〟と驚かせる力。写真を見る人の目を止め、心を(つか)む力のことです。〝つかみ〟とも言いますね。これは審査員にも通じる要素。ただ、いくら目と心を掴まれても、そのあとの鑑賞に耐えるだけの写真の基本構成要素(ピント、露出、構図、明確な表現意図等々)がなければ最終選考まで残りません。そんな観点から、優秀賞まで残った作品に「意外力」を学んでみましょう。総合写真展 審査員板見 浩史先生

街中で見つけた意外な景色と表現

天野裕美さんの作品
「夏空と象の鼻」
摩訶(まか)不思議、これなあに?
公園のモニュメントということぐらいは分かりますが、とても不思議な〝つかみ〟のある写真です。大きく空けた青空も濃度がしっかり出ているので風船との強い色彩コントラストで画面を引き締めています。歩道から生えた象の鼻と風船の色彩の強さ、そこに自然の要素である雲が来るのを待って構成したこと、登場人物の位置と色彩効果など、ほのぼのとしたユーモラスな詩情(しじょう)を画面全体から(かも)し出しているところが良かったと思います。
中里明彦さんの作品
「感動をスマホで」
いきなり目を惹く(きん)屏風(びょうぶ)による〝つかみ〟
何といっても最初に目に飛び込んでくる金色の強さが大きいです。そして額縁からポーズを作るように飛び出す紅白の枝垂(しだ)(ざくら)。この街頭のディスプレイを〝主役〟とするならスマホを構える左の女性が〝脇役〟。主役だけではただの発見で、作品にはなりません。良い脇役を待ってこそ作品になります。この脇役の脚の形も、木のポーズと響き合っているようで絶妙ですね。〝額縁〟の垂直と水平をゆがまずにしっかり撮り入れたことによって、主役と脇役の存在と役割が分かりやすくなりました。
川﨑美智子さんの作品
「家路」
流し撮り表現が生む非日常の光景
都会で私たちが普通見る光景では、列車が視野の中を流れ去り、街は止まって見えるもの。しかし動体の動く方向をスローシャッターで追いながら写す「流し撮り」という手法を使うと、列車が止まって逆に背景が流れて写ります。この作品はその技法を通勤などで見慣れた街の夜景で使い、視覚の逆転を引き起すことで〝意外力〟を発揮する作品となりました。ネオンやビルの明かりが大きなブレとなって強いインパクトを生んでいますね。

変わった生き物の発見とアングルの工夫

杉沢寿春さんの作品
「池を舞う鯉姫」
奇異(きい)なものを美しく克明(こくめい)に撮る
(ひれ)が異常に長い新種の鯉なのでしょう、まるで未知の生き物を見るような驚きを受けます。この作品の良い点は、対象をじっくり見つめ丁寧に撮影したところです。真上から撮って魚のもっとも特徴的な鰭の形、質感、そして一番面白く見える角度を選び〝美しく〟撮ったことで作品の価値が高まりました。澄んだ水の質感や魚のまわりの波紋の形なども、珍しい魚の形態を効果的に強調していることが分かります。
中曽祢正弘さんの作品
「ホシホウジャクのホバリング」
高速シャッターの威力(いりょく)を発揮
花の蜜を吸うホウジャクはなかなかフォトジェニックな被写体。ふつうは全体の形が分かりやすい横方向からの撮影が多く、ほぼ正面からのこのカットでは何か珍しい他の生き物のようにも見えます。感度をISO3200まで上げて、1/2000秒の高速シャッターという飛翔昆虫ならではの撮影法。頭上に上げて踊っているような羽根の形も面白いです。肉眼では見えないこんなシーンでは、たくさんのカットの中からのセレクト力が求められます。意外力という意味でベストな選択でした。

観光地やリゾート地で見つける意外力

太田勤さんの作品
「牧場風景」
動物の意表を突く動きが見どころ
隠岐(おき)諸島の放牧馬でしょうか。見晴らしの良い断崖の上でのどかに草を食む放牧馬たち…と思いきや、突然思いもよらぬおかしな格好で寝転がる馬が! 人間は本来、予定調和を好みながらも乱調を期待し面白(おもしろ)がるものです。この作品は、ふつうは誰もが期待するこの背景に相応しい〝お行儀の良い馬〟でないところが、ユーモラスな〝意外力〟に満ちていて面白いのだと思います。
渡邉和恵さんの作品
「秋色の渓谷」
渓谷が創った赤い模様の意外性
たいへんオーソドックスな構図意識と撮影技法で撮られた魅力的な風景写真です。そのうえで作品を特徴づけているのが真っ赤な落葉の点在のパターン。滝の流れ以外の、紅葉が残り重なった部分と、白い水流とのコントラストが強烈な印象となって、この風景の独特の面白さを発揮しています。競争相手の多い風景写真では、ただ綺麗に撮れているだけではなかなか上位までは残りません。他の作品にない〝意外力〟が求められる所以です。
西川江美さんの作品
「小春日和の投影」
影を活かした発想と視線誘導のうまさ
スキーリフトからの視点を活かしてシンプルかつ洒落(しゃれ)た作品を作り上げました。こうした作品も他にないわけではありませんが、カラフルなリフトの上部をカットしたところに思い切りの良さがあります。またその位置を画面長辺左へ1/3の所に寄せて、そこへリフトの影が集まっていくような視線の流れを作り出したところが大変うまいと感心しました。小春日和という目に映りにくい気象を、影をメインにして表現したエスプリと〝意外力〟がとても利いています。※エスプリ=機敏な才気

掲載した作品は、第26回総合写真展の入賞作品から、解説上の参考例として板見浩史先生に任意で選出していただいたものです。
作者の皆様には、この場を通じて厚く御礼申し上げます。