気象力―聞きなれない言葉ですね。言い換えれば季節や雲や霧や雪などの効果、つまり天空の力といった、特に風景写真においては大切な要素です。どんな有名な景勝地でも、過去に素晴らしい名作が生まれた場所でも、気象によってはただ綺麗に撮れただけのフツーの写真になってしまいがち。ドラマチックな風景に変えてくれる気象を期待するなら、よほどの強運か「悪天候も()さず何度も出かけチャンスに巡り合う」ということに尽きるかも知れません。また多くの経験値を積んで、気象を予想できる勘と能力を高めるのもひとつの有力な方法と言えそうです。総合写真展 審査員板見 浩史先生

大空をドラマチックに変える雲を活かす

鈴木敏弘さんの作品
「薄衣をまとう」
まさに一期一会の気象力の賜物
この写真は偶然に撮れたものではなく、気象力と経験を信じて何度も通わなければ出会えない作品。そのチャンスをしっかり自分のものにするための冷静な構成力が存分に発揮されています。画面下部のどっしりした黒い森影の分量と形が、よく見る富士とレンズ雲の印象とはやや異なる独特の迫力を生んでいます。一見UFOをも思わせる意外性やドッキリ感もあり、作者独自の風景を作り上げたところがこの作品の持ち味と言えそうです。
日野典善さんの作品
「幼き記憶」
記憶を呼び覚ます夏雲の印象効果
記憶という抽象的な概念をリアルな写真で表現することは大変難しいこと。この作品はそれにチャレンジした意欲作。空一面を(おお)う雲とモノクローム表現がそれを可能にしたようです。幼い自分と家族のロングショットは遠ざかる記憶そのもの。そのとき子供だった自分の心に残ったのは青い海の色よりも、手をつないだ母との微かな(てのひら)の記憶と夏雲の圧倒的な存在感…。そんな個人的な作者の記憶に深く共感できる、雲という気象を活かした一枚です。

都市空間を引き立たせる気象現象

松井章生さんの作品
「迷雷」
大自然と都会のハーモニーを表現
落雷や集中豪雨は都市にとって災害とみなされますが、こうして映像に写し止められると意外と美しく調和して見えるものです。雷にも個性があって、この雷は放電のラインも優雅で、雷雲のグラデーションも美しいからでしょうか。ともあれ雷という自然現象の持つエネルギーの大きさは日頃私たちが見慣れている都市と対比して初めてそのスケールが実感できます。都会の象徴であるタワーマンションを〝物差し〟にして気象の(すさ)まじさを表現したところが良かったと思います。
前川保彦さんの作品
「葛藤する時世」
ランドスケープを独自の視線で狙う
もっともよく知られる都市のランドスケープ、新宿の東京都庁。モノクロームに変換して余分な色彩情報を減らしたことにより、古代の(おごそ)かな神殿のようなイメージに表現されました。手前で見上げる二人の若者もその印象を強めますし、何より雨上がりに輝く地面とHDR設定によって強調された背後の空と雲の効果が神秘的な雰囲気を高めてくれました。有名な場所でも独自のアングルの発見と気象条件を活かすことにより、心に残る作品になることの好例と言えそうです。※HDR=High Dynamic Renge(ハイダイナミックレンジ)の略。
通常に比べてより広い明るさの幅を表現できるアプリまたはカメラの機能。

月と太陽が織りなす繊細な美を狙う

門田幸一さんの作品
「月光」
高感度・長時間露光で捉えた月夜
感度設定をISO400に上げ、13秒間で撮影された土佐の浜の神秘的な夜景。クリアに晴れた夜ならではの透明感にあふれた魅力です。絞りをF11まで絞り込んでいるため手前の岩陰から遠くの岩までがシャープに描写され、完成度の高い風景写真に仕上がっています。大きな表現ポイントになっている月光の映り込みですが、長時間露光によって金波が美しい刺繍(ししゅう)糸で綴られたような描写となり、絵画的な魅力も加味していて見飽きさせません。
髙木研璽さんの作品
「白鷺と落陽」
太陽の光による〝透かし絵〟の面白さ
逆光による鮮やかなオレンジに染まった背景、繊細な木の葉のシルエットに紛れ込んだ白鷺(しらさぎ)の形を探し出す眼の喜び…そんな面白さに満ちた珍しい作品。被写体の発見能力だけでなく、その後の画面構成もウイットに富んでいて「なるほどこんな見せ方もあったのか」と感心します。空という背景をムラのないポスターカラーのような単色に変えてくれた強くフラットな太陽の光なくしてはこの面白さは得られなかったかも知れません。

別世界を作り出す雪・霜のマジック

矢部豊さんの作品
「湖の偶像」
幻想林に絶え間なく降り続く雪を連想
有名な日光市の湯西川湖の光景と思われますが、降雪の幻想林を表現したとてもクリエイティブな力作です。()()えと立ち並ぶ水没林がまるで白骨を(さら)しているような寒さを感じさせ、心の中にも絶え間なく雪が降り続く…というイメージを増幅させます。リアリズムを重視する一般的な風景写真からするとこの作品はどちらかと言えば心象風景の部類に属すると思われますが、こうした内面世界を風景で表現する方向も大切にしてほしいと思います。*リアリズム=事物をありのままに写し出し空想や理想化を排する芸術上の立場。写実主義。
亀浜美弥子さんの作品
「降霜の湿原」
太陽の光による〝透かし絵〟の面白さ
こちらは日光の戦場ヶ原の風景。雪景色ではなく、霜の降りた朝の情景と思われますが、深緑の頃や秋の紅葉時期とはまったく異なった美しさに彩られていて、自然風景は、まさに気象に左右されることが実感されます。有名な〝貴婦人の木〟を主役として一木(いちぼく)一草(いっそう)すべて霜に飾られた前景を無駄なくフレ―ミングし、堂々とした風景写真に仕上げていて見応(みごた)えがあります。背景の山々が色温度の関係で美しいブルーに描写され、霜の白さをいっそう華やかに浮立たせてくれました。

掲載した作品は、第26回総合写真展の入賞作品から、解説上の参考例として板見浩史先生に任意で選出していただいたものです。
作者の皆様には、この場を通じて厚く御礼申し上げます。